南予の人

“みんなが楽しく集う場所”を、飲食店という場でつくる。

藤川朋宏さん 愛媛県西予市宇和町 /
卯之町バールOTO

藤川朋宏さん

プロフィール

藤川 朋宏(ふじかわ ともひろ)

1984年西予市宇和町生まれ。高校を卒業後、東京の大学へ進学。約10年間、飲食店などで働き、31歳で西予市にUターン。2017年、宇和町内に「卯之町バールOTO」を開業。

西予市出身の藤川朋宏さんは大学から東京へ。30歳をすぎて故郷に戻り、西予市の地域おこし協力隊になった。3年後、地域のロケーションと食材を生かした洋食居酒屋を開業。市内外から客が訪れる人気店となり、お店と地域のファンを増やしている。

「いつの日か」のUターンを勢いで前倒しする。

Uターンした理由は。

藤川さん

高校を卒業してから大学進学で東京へ行き、卒業後は音楽活動をしながら飲食店で働いていました。20代後半から「40歳ぐらいには故郷に戻ろう」と考えていました。生まれ育ったまちが好きでしたし、東京は楽しいけれど感覚的にすこし疲れてしまって。実際には計画より10年ぐらい前倒しになりましたね。
前倒しになるきっかけはあったのですか?

藤川さん

ある日、友人のSNSの投稿で、地域のために活動をしていることを知って、めちゃくちゃいいことやっているな、と思ったんです。同時に、ぼくも故郷のためにできることはないかなという思いが湧きました。その友人が、西予市で「地域おこし協力隊」を募集しているよって教えてくれて。このチャンスを逃したら次はないと思って、勢いで応募しました。締め切りの2日前のことでした。
藤川朋宏さん
洋食居酒屋を開業した理由は。

藤川さん

協力隊をやりながら、ここで生きていくためには何をすべきか考えました。ふたたび故郷で暮らすと、改めて地元の食材のおいしさに気づいたし、いろんな人たちとつながる暮らしの中で、コミュニティスペースのような場所があったらいいな、と。早い段階で、飲食店で働いてきた経験と地元食材を生かし、飲食店を開こうと決めましたね。
人が集う場所として飲食店を開いたのですね。

藤川さん

みんなで楽しくワイワイできる場所が地域にほしいなと思っていました。ぼくがイメージしていたお店は東京にあって、アットホームで誰がきても歓迎するようなお店でした。そんなぼくの理想的な店は“田舎”の方がつくりやすいのもあって、お店をオープンして3年ですが、まさにそういう店になっていますね。お客さん同士が仲良くなったり、いい気を遣いあったり。もちろん準備期間を含めてたくさん大変な思いもしましたが、帰ってお店をやって本当によかったと思っています。
ベンガラの赤色が素敵な、通りでも一際佇まいのいい建物ですね。

藤川さん

人づての紹介でこの伝統的な建物を知りました。まさに一目惚れでしたね。ただ即決はできなかったのです。開業資金の集め方も含めていろんな人がアドバイスをくれて、背中をどんどん押されるようにオープンに向けて動いていきました。

所有者は姫路にいて、説得をするために姫路まで足を運びました。こんな風格のある建物でお店を持てるなんて幸運なことです。通り自体も、町並み保存地区に指定していて、レトロな雰囲気が好きです。近くには観光スポットもあるので、うちに来たお客さんにさりげなく紹介しています。遠方からお客さんが来てくれるのももちろんうれしいですが、来店をきっかけにこのまちの魅力を知ってもらえるのも本当にうれしいですね。
藤川朋宏さん

新しい移住者や挑戦者を応援できるまちでいたい。

卯之町は、おしゃれでセンスのある店が増えていますね。

藤川さん

ここ数年、美容室やコーヒーショップなど、ぼくと同世代の人がこの一帯でお店をはじめています。つながりがあるお店が近くにあるという日常が好きです。ぼく自身、移住してきて新たにこのまちで挑戦したいと思っている人を全力で応援していきたいですし“助けることができる”というまちが一番いい地域だと思っています。
藤川さんだからこそ語れるUターンのよさを教えてください。

藤川さん

個人的にUターンをすすめているんですよ。もちろん知らない土地に行くのも楽しいでしょう。でも、生まれ育った場所に戻ると、知らなかった故郷の魅力を大人になって知ることができるんです。ぼくは離れた当時よりも、もっと故郷が好きになりました。南予の人たちはよく、農耕民族的で穏やかでやさしいのが気質と言われるのですが、その通りだと感じます。きずな博ではぜひ、たくさんの人に南予の良さを知ってほしいですね。